非正規雇用から正社員への転換を後押しする制度として、企業向けのキャリアアップ助成金は転職市場にも間接的な影響を与えている。求職者自身が申請する制度ではないものの、仕組みを理解しておくと転職活動での企業選びに役立つ場面がある。厚生労働省のリーフレットには「年間約10万人が正社員化」とあり、正社員化コースでは有期雇用の人を正社員にした中小企業に1人あたり最大80万円が支給される。この記事ではキャリアアップ助成金の基本的な仕組みから、令和8年度の支給額、用意されているコースの分類、関連する人材開発支援助成金との違い、求職者としての活用の仕方までを整理する。
キャリアアップ助成金とは
キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者・パートタイム労働者・派遣労働者といった非正規雇用の労働者を正社員化したり、待遇を改善したりした事業主に対して、厚生労働省が支給する助成金である。非正規雇用の労働者のキャリアアップを促進し、雇用の安定と処遇改善を後押しする狙いがある。助成を受けるには、コースの実施日前日までに労働組合等の意見を聴いたうえで作成する「キャリアアップ計画」を事前に提出することが共通の要件になっている。
キャリアアップ助成金の分類・コース一覧
キャリアアップ助成金には、目的の異なる複数のコースが用意されている。厚生労働省の公開情報をもとに整理すると次のようになる。
| コース名 | 主な内容 |
|---|---|
| 正社員化コース | 有期雇用労働者等(契約社員・パート・派遣社員など)を正社員化する |
| 障害者正社員化コース | 障害のある有期雇用労働者等を正規雇用労働者等へ転換する |
| 賃金規定等改定コース | 有期雇用労働者等の基本給の賃金規定等を改定し、3%以上増額させる |
| 賃金規定等共通化コース | 有期雇用労働者等に正規雇用労働者と共通の賃金規定等を作成・適用する |
| 賞与・退職金制度導入コース | 有期雇用労働者等を対象とした賞与または退職金制度を新たに設ける |
| 社会保険適用時処遇改善コース | 令和7年度版のパンフレットには掲載されていたが、令和8年度版パンフレットと厚生労働省のコース一覧には掲載されていない |
| 短時間労働者労働時間延長支援コース | 有期雇用労働者等が社会保険の適用となる際、労働時間の延長等で収入を増加させる |
支給額はコースや企業規模(中小企業か大企業か)によって異なり、要件も細かく定められている。中心となる正社員化コースの1人あたりの助成額は、令和8年度(令和8年4月8日版のリーフレット)で次のとおりである。
| 対象者・企業規模 | 有期雇用から正社員 | 無期雇用から正社員 |
|---|---|---|
| 重点支援対象者・中小企業 | 80万円(40万円×2期) | 40万円(20万円×2期) |
| 重点支援対象者・大企業 | 60万円(30万円×2期) | 30万円(15万円×2期) |
| それ以外・中小企業 | 40万円(40万円×1期) | 20万円(20万円×1期) |
| それ以外・大企業 | 30万円(30万円×1期) | 15万円(15万円×1期) |
重点支援対象者とは、雇入れから3年以上たつ有期雇用労働者、雇入れから3年未満で過去5年間の正社員期間が合計1年以下かつ過去1年間に正社員として雇われていない有期雇用労働者、派遣労働者や母子家庭の母などを指す。このほか、正社員転換制度を新たに設けた場合に20万円(大企業15万円)、勤務地限定・職務限定・短時間正社員の制度を新たに設けた場合に40万円(同30万円)、転換に関する情報を自社サイトや「しょくばらぼ」で公表した場合に20万円(同15万円)が、1事業所につき1回加算される。
処遇改善のコースでは、賃金規定等共通化コースが1事業所あたり60万円(大企業45万円)、賞与・退職金制度導入コースが40万円(同30万円)、賃金規定等改定コースが基本給の増額率に応じて1人あたり4万〜7万円(中小企業)などとなっている。
制度の特徴を分解する
対象となる労働者
助成の対象となるのは、有期雇用労働者、短時間労働者(パートタイム労働者)、派遣労働者といった、いわゆる非正規雇用の労働者である。すべての非正規雇用労働者が自動的に対象になるわけではなく、各コースが定める転換・改定の要件を満たす必要がある。
申請の主体
申請するのは労働者本人ではなく事業主である。求職者自身がハローワーク等に直接申請する制度ではない点は誤解されやすいため、あらためて確認しておきたい。
事前計画の提出
助成を受けるには、各コースの取組を実施する前に「キャリアアップ計画」を作成し、管轄の労働局やハローワークへ提出しておく必要がある。事後的な取組では対象にならない点も特徴である。
他の助成金との併給調整
雇用関係助成金には併給に関する調整ルールが設けられている場合があり、キャリアアップ助成金と他の助成金を同時に活用する際は、事前に要件を確認することが求められる。厚生労働省は複数の助成金を併せて受給できるかどうかを確認できるツールを公開しており、事業主が制度を活用する際の手続きの一部として位置づけられている。
制度の見直し
雇用関係助成金は制度全体として毎年度のように要件や支給要領が見直される。かつて存在した「生産性要件」による割増措置が廃止されるなど、過去の情報のまま制度を理解していると実態と異なる場合があるため、求人票や企業説明で助成金の名称を目にした際は、あくまで参考情報として捉え、詳細は最新の公式情報で確認する姿勢が欠かせない。
他の助成金・支援制度との違い
キャリアアップ助成金以外にも、企業の人材育成や雇用の安定を後押しする助成金が複数用意されている。代表的なものとの違いを整理すると次のとおりである。
- 人材開発支援助成金:従業員向けの職業訓練を実施した事業主を支援する制度で、人材育成支援コースや人への投資促進コース、事業展開等リスキリング支援コースなど、訓練の内容に応じたコースが用意されている。キャリアアップ助成金が雇用形態の転換や待遇改善を対象にするのに対し、人材開発支援助成金は訓練の実施そのものを対象にする点が異なる。
- 両立支援等助成金:育児休業の取得や仕事と介護の両立支援など、働き方の両立を後押しする事業主向けの助成金で、非正規雇用の正社員化とは目的が異なる。
- トライアル雇用助成金:就職が困難な求職者を一定期間試行雇用した事業主を支援する制度で、対象者の属性や雇用の入り口段階に着目している点がキャリアアップ助成金と異なる。
これらはいずれも厚生労働省が所管する雇用関係助成金の一部であり、目的や対象となる労働者の状態によって使い分けられている。事業主は自社の課題に応じて複数の助成金を組み合わせて活用することもあり、どの制度を重視しているかによって、その企業が雇用の入り口・育成・定着のどの段階に力を入れているかを推測する手がかりにもなる。求人票に助成金の活用実績が明記されているとは限らないため、気になる企業があれば説明会や面接の場で具体的に尋ねてみるのも一つの方法である。
求職者にとっての意味合いと活用のコツ
キャリアアップ助成金は事業主向けの制度だが、求職者側にも活用できる視点がある。
- 求人票や企業説明会で正社員登用制度の有無、実績を確認する。正社員化コースでは、転換後6か月間の賃金を転換前6か月間より3%以上増やすことが支給の条件になっているため、助成金を使った正社員化なら賃金も上がるのが前提になる
- 非正規雇用からのキャリアアップ支援に積極的な企業かどうかの判断材料にする
- 人材開発支援助成金の活用状況から、研修体制やスキルアップ支援の充実度を推測する材料にする
- 制度の名称だけでなく、実際の登用実績や研修内容まで踏み込んで質問する
この制度を積極的に活用している企業は、非正規雇用から正社員への登用実績を持っている可能性がある。ただし助成金の活用自体は企業側の任意であり、活用していないからといって登用制度が整っていないとは限らない点には注意したい。求人情報だけで判断せず、面接や説明会で具体的な運用実績を尋ねる姿勢が有効である。
よくある質問
Q. キャリアアップ助成金は労働者本人が申請できますか
できない。申請するのは事業主であり、労働者本人が直接ハローワーク等に申請する制度ではない。
Q. パートやアルバイトはすべて対象になりますか
雇用形態が有期雇用労働者や短時間労働者に該当していても、各コースが定める要件(転換の実施、賃金改定の割合など)を満たさなければ対象にならない。個別の状況は事業主が確認する必要がある。
Q. 支給額はどれくらいですか
令和8年度の正社員化コースでは、重点支援対象者の有期雇用労働者を正社員にした中小企業に1人あたり80万円(40万円を2期に分けて支給)、それ以外の場合は40万円が支給される。大企業はそれぞれ60万円と30万円である。ほかのコースや加算額を含め、最新の金額は厚生労働省のリーフレットで確認するのが確実である。
Q. 正社員化コース以外にはどんなコースがありますか
賃金規定等改定コース、賃金規定等共通化コース、賞与・退職金制度導入コース、短時間労働者労働時間延長支援コース、障害者正社員化コースなどがあり、待遇改善の切り口ごとに用意されている。
Q. 求人票に「キャリアアップ助成金活用実績あり」と書いてあれば安心ですか
正社員登用の実績があることの一つの目安にはなるが、それだけで職場環境や労働条件のすべてが保証されるわけではない。他の情報とあわせて総合的に判断することが望ましい。
Q. 人材開発支援助成金とはどう違いますか
キャリアアップ助成金が雇用形態の転換や待遇改善を対象にするのに対し、人材開発支援助成金は従業員向けの職業訓練の実施を対象にしており、支援の切り口が異なる。
Q. 制度は今後も内容が変わりますか
雇用関係助成金は社会情勢や政策の方向性に応じて随時見直されており、コースの新設や要件の変更、支給額の改定が行われることがある。求人情報や企業の説明を確認する際は、常に最新の公表情報を基準にする必要がある。
Q. 中小企業と大企業で支給額に差はありますか
ある。正社員化コースでは、重点支援対象者の有期から正社員への転換で中小企業80万円・大企業60万円、無期からの転換で中小企業40万円・大企業30万円と、大企業はおおむね4分の3の水準に設定されている。賃金規定等共通化コースも中小企業60万円に対し大企業45万円である。
まとめ
キャリアアップ助成金は事業主向けの制度だが、正社員化コースをはじめとする複数のコースの内容を知っておくことは、転職活動における企業選びの参考になる。人材開発支援助成金など関連する制度との違いを理解したうえで、求人情報だけでなく制度面からも企業の姿勢を見極める視点を持ちたい。
この記事の制度情報は、厚生労働省の「キャリアアップ助成金」のページと「キャリアアップ助成金のご案内(令和8年度版)」(2026年4月8日現在)を2026年9月26日に確認して整理しました。支給額・重点支援対象者・受給条件は「キャリアアップ助成金(正社員化コース)のご案内」(令和8年4月8日版)と「キャリアアップ助成金のご案内(令和8年度版)」のリーフレットで、2026年10月4日に確認しました。「生産性要件」の廃止時期は公式で確認できませんでした(令和8年度版の資料には生産性要件の記載がありません)。申請の前に、必ず厚生労働省または管轄の労働局・ハローワークで最新情報をご確認ください。